人間は感情の生き物

ガテン系はもちろん、職人の仕事場というものは、怒声が飛び交うものである。
注意力を欠いた状態では、事故を招く恐れがあるので、新人ほど怒鳴られるというのは、一種の危機管理ともいえる。

ところで、こういう神経をすり減らす職業では、若者の我慢も問われる。
一々反感を持ったり、黙々と我慢していては、そのうち感情が爆発してしまう。
誰もが素直に飲み込める訳ではないし、「あほんだら」では、何を学べばよいのか分からなくなってしまう。
本当は分からなくて良いのだが、怒鳴られまいと萎縮するようでは、その職での上達は望めまい。

私は、反骨心という言葉が好きだ。
この言葉には、甘えがなく、何処までも自分を克己する響きがある。
とても自殺未遂をした人間の言う事とは思えないだろうが、なに、私も若い頃は自分の生き方を貫く気概もあったのだ。
内向きの厳しさを好み、他人を信頼しないという捻れた性根は、バイヤーと向きの気質だった。
言質を取る慎重さと現物を動かす行動力、契約を遂行する責任感、これぐらいがあれば、誰でも出来る。

もちろん、バイト時代は、しょっちゅう怒鳴られた。
それぞれのバイト先は、経験や仕組みを学ぶためだったので、怒られて当然な行動も多々あった。
上手く立ち回る必要は無かったから、どんな事でも進んで動いては、出すぎだと怒られる。
ある程度の仕組みを得れば、すぐに次の職種に移り、の繰り返しで、時給は上がらないので生活は貧しかったが、料理の腕は確かだったので、食う寝る生活でも苦にはらなかった。
うどんを食べながら、仕事を大きく広げれば、生活も変わる、と考えていた。

こういうと何だが、若い頃から性欲は薄かったので、彼女が出来ても、余り溺れずに未来の仕事を描いていた。
恋愛を何回か重ねても、常に仕事の方が面白かった。
さすがに、結婚をして子供が出来た時には、子育てにも参加したし、我が子と未来を重ねたりもしたのだが、かなり不本意な別れ方をしてしまい、子供とも一度も会えていない。

うつ病は気分の病で、離婚から2年目に発症し、それまでの熱が失せて、感情を発するのも面倒で、ただ虚ろだった。
振り返れば、子供との別れが胸に沁み、どうやっても未来は描けず、仕方なく隠居部屋を購入し、闘病しながら現在に至る。

未来を描けば、胸に熱も灯り、感情も戻ってくるだろう。
だが、どうしても、その位置まで心が回復しない。

つまらん人生である。