豊かな生活と小さな幸せ

昔、仕事先のハリウッド近辺を車で流していると、これでこそ豪邸という建物を眺めることが出来た。
多くは映画関係者の持ち物だが、それぞれに個性があり、日本の高級住宅地が建売展示場に感じるほどだった。

一昔前には、よく日本の家は「ウサギ小屋」だと揶揄されたものだ。
一般的には高度成長期に建てられたマンモス団地を指しているのだが、家屋の場合でも天井が低く、木と草(畳)と紙で造られた家を見て、欧米人がそう思うのも仕方が無い。
だが、日本の気候風土には、レンガや石よりも、床下が高くて湿気や台風に耐えられ、自然素材が呼吸するような和風建築が合っている。
団地にしても、国土面積が狭いのに急増した人口を解決する為に建築されたわけで、基礎材こそ鉄筋コンクリートだが内装は和風が圧倒的に多い。

日本で賃貸や中古家屋を探す場合、かなり特殊な状況でない限り、入居後にすぐ生活が始められる状態になっている。
そのため、大掛かりな改装は必要が無いし、また許してくれない場合がほとんどだろう。

逆にステイツの平均以下の住民は、広さこそあるがプレハブ同然の構造の家に住んでいる。
日本でも日曜大工をする人がいるが、ステイツのDIYは改装や改築レベルを個人でやったりする。
法律上(建築基準法)の違いも大きいが、自分の家は自分で工夫して住むという点に関しては、スケールの差で向こうには負ける。
それと、自分の物をどうしようと自由だ、という根強い意識があり、日本では苦労させられる車検制度すら、ほとんどの州で存在しない。
まぁ、本音を聞くと、手を入れないと住んだり乗ったり出来るレベルの商品が少ない、という事情もある。
基本的に中古の物件や車は、買い取った状態で次の所有者に移動するという形だ。
購入や契約は自己責任で、部屋や車は自分で何とか修理するという感じだ。

私は、今の住居を決めるポイントして、必要な条件と我慢できる点をチェックして、契約書も自分で作成した。
築年数は古くても構わないが、最上階より一つか二つ下の階であること、隣同士の部屋が風通しが良く南北に位置していること、建物の側に遮蔽物となる建物が無いこと、等だ。

結果として、3LDKの部屋を入手し、修繕管理費等の余計な出費は契約の段階で交渉して抹消した。
部屋を仕切る建具を外し、屋根からの吸収熱が無く、外からの風が通り抜けることで、エアコンを使わなくても耐えられる環境が出来た。
ベランダで工作した収納器具で壁や押入れの機能性を上げ、キッチンには100均の網を組み合わせた調理器具掛けやダッチオーブン(自作)を配置、小部屋はウォークインクローゼットに改装して、大量の衣服や趣味の品、コレクションを入れた。
鬱期が緩んだ頃を見計らって、時間を掛けて各部屋の機能とデザインを組み上げることが出来た。
やや駅からは遠いが、バス停は目の前なので、不要になった車は売り払った。

春になって気づいたが、桜小道や神社も近く、ループ道になっているので車の往来も少なくて、高台なので空気も美味い。
夏は冷却素材のマットや枕と扇風機で充分凌げる。
秋はベランダから紅葉した山々を望みながら、魚や鶏肉の燻製を作ったりする。
冬は、アルミの断熱材を下に敷き、保温素材のマットと布団で暖が取れるので、コタツより布団に居る時間の方が長い。
お陰で、我が家の電気代は、一年を通してほぼ同じ3,000円前後である。

もう、5年が過ぎようとしているが、たまに掛け軸の書を書き替えてみたり、和のテーマで統一して、飽きたら一転してステイツ風味にしたり、病気さえ悪化しなければ時間だけは膨大にあるので、好き勝手に模様替えで遊ぶ事が出来る。

この生活を始めた時から、禁酒に成功し、タバコも日に10本以内と決め、家計を圧迫するような、ただ欲しいだけの物を買わないお陰で、毎月の生活費は完全に把握できている。
ついでに私は、ルールは知っているが、昔からギャンブルの類は一切やらない。

豪邸では無いが、ベランダから風景を眺め、春夏秋冬の季節の変化をエアコン抜きで自然に感じ、これまでの人生で蓄えた趣味の品を気が向くままに楽しむ。

重度の鬱が始まれば、混乱と虚無感に苛まれ、動く事さえままならない時もある。
対人障害は、外出恐怖症にまで悪化し、自分の存在意義を見出せないまま、死ぬことばかり脳裏を過ぎる日もある。

そんな私を支えてくれるのは、自分で作り上げた空間、栄養と味に拘った少しの食事。
闘病中とはいえ、これが私なりの豊かな生活であり、小さな幸せなのだ。

ここで死んで誰かに発見されたとしても、眉をしかめられるような部屋ではないこと、これも重要なプライドなのかもしれない。