さようなら、を言えずに

自分の命と引き換えに大勢の人を助けられるなら、貴方は死ねますか?

自己犠牲の精神というのは、時に権力者に利用され、弄ばれてきました。
戦争は、その最たるものですし、企業のため、上役のため、組織のため、と身を粉にして、命まで投げ出した人も大勢います。
生きる、という事に意味を見出すために、命を擲つというのは、何処か捻れた感じがするけれど、本人がそれで満足なら、止めるのもヤボな気もします。

私の友達は、朝に家族に【いってきます】といい、そのまま山で首吊り自殺をしました。
理由は、取引上の金を流用したということですが、損失を埋めただけで、本人が遊びに使ったとかいう類ではありません。
会社の査察が入る予定で、露見する前に追い詰められて・・・ということらしい。

自殺したとなれば、責任を取ったのだから不問、という考え方が社会には根強い。
これを悪用して、よく議員の秘書が首を吊り、大企業の社員が投身自殺をし、また出張先で行方不明になったりしますが、誰かの保身のために【死んでくれ】と言われて従うのは忠誠というより脅迫だろう。

生きてこそ守れるものもあるし、愛することも出来る。

自殺未遂から隠居生活に入った私のような人間が言う事ではないけれど、死ぬほどの罪を犯す人間は滅多といない。
残りの人生で可能なことを考えれば、死ななければならない問題というのも、それほどあるまい。

10年以上、年間で3万人、実数は5万を越えると言われる人が、この国で自殺している。
高齢社会のため、年配の比率が高いのは自然だが、それでも先進国の中でも比較的安定した社会である日本で、これだけの数の人が自らの命を断つというのは異常である。

社会環境の中で、絶望を感じる深刻な闇が広がっている。